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デザセン25周年企画web対談|長澤忠徳×中山ダイスケ

デザセンは2018年度で25周年を迎えます。「社会をデザイン」する視点に着眼した大会として開催してきた四半世紀の成果を、インタビューを通して発信していきます。インタビュー[5]では、デザセンを25年前につくった人、長澤忠徳氏(写真右)をご紹介します。当時、東北芸術工科大学助教授としてどんな思いを託した大会だったのかを、現在デザセン審査員長として大会を牽引する中山ダイスケ東北芸術工科大学学長(写真左)と対談いただきました。

 

課題を出さないデザイン選手権の誕生。その前夜。

 

__デザセンがスタートした1994年。プレゼンテーションやアクティブラーニングという言葉が知られていなかった時代に、「課題を出さないデザイン選手権」はどのように設計されたのでしょう。

長澤:当時は東北芸術工科大学(以下、芸工大)開学から間もない時期で、大学として地域や社会との積極的な関わりがまだできていなかった頃です。そこで高校生が主役のデザインコンペをやろうということで県議会で予算化された状態でした。最初に企画されていたコンペの内容は、いわゆる普通のデザインコンペで、大人が出した課題に高校生が取り組み造形の技量を競うようなものでした。でもこれまでの大人たちが生きてきた社会の問題を高校生に聞いてみるというのは悪くはないけど、ちょっと違うと感じていました。むしろ、高校生が今、何を問題だと思っているかの方が面白いんじゃないか?と。そこで “課題を出さないコンペ” のアイデアを出したんです。

 

中山:理解されるのは難しかったのでは?

 

長澤:そう。新聞には「デザイン選手権をデザインできない実行委員会」なんて記事にされたし、大学の中でも針のむしろ状態でしたよ(笑)。ただ、新しく生まれた大学が使い古されたデザインコンペをやってどうするんだ、と思っていたので、県内の高校6校にお願いしてプレ大会を開かせてもらいました。実際にやってみせると理解されたんですよ。それで翌年に第1回目を開催することができました。

中山:全国から参加する高校生の公欠や、引率教員の公務扱いが認められる文科省の後援があること。そしてデザセンの「実行委員会」と「開催委員会」の仕組みなど、長澤先生が準備されたことが今もよく機能しています。

 

長澤:大学生の学びの場としてデザセンの運営をサポートする学生支援グループもつくりました。あと、山形ではイベントが終わると必ず「反省会の飲み会」をするでしょう? だから期間中はデザセン出場高校の先生たちとよく宴会をして、デザインについて深く語り合いました。そうすることで感覚的に理解してくれる先生が多くなっていって、僕が関わった5年の間にもじわじわとデザセンファンが増えていったんじゃないかなと思います。

 

中山:先生方との夜の飲み会「夜のデザセン」ですね(笑)。もの・ことをデザインするという感覚を共有したり、高校の本音、美術教員の悩みなどが聞けるいい機会になっていたと伺っています。

 

1つの課題に多彩な分野からアドバイス。
教員のパーソナリティが教育に活きる、デザセン指導。

 

__ビジュアルデザイン以外の、ものやことのデザインの考え方を啓蒙することからスタートしたデザセンですが、今では学校教育の現場にも、クリエイティブな現場にもかなり普及してきました。最近は県内外から、デザセンへ参加する進学高校が増えています。

長澤:よかったじゃない! デザセンの取り組みって生徒たちや先生たちの貴重な夏休みを潰してしまうという理由から、進学校は当初は全然参加してもらえなかったんですよ。

 

中山:デザセンを授業で導入する学校からは、毎年40チームくらい応募がありますからね。

 

長澤:進学校に限ったことではないけど、高校でデザインに関心を持っている先生は実はそんなにいなくて、美術教員など限られた先生が1人で担当しがちなんです。僕からするとそれは少し残念。我々がいる大学は当然、アートやデザインといった専門性が強い環境ですが、高校は理系も文系も体育系も美術系も全部いるでしょう。こんな分野に恵まれた環境はないんですよ。デザセンを担当している先生が、横にいらっしゃる先生仲間と連携して、生徒さんたちが考えた1つのアイデアに対して30分から1時間だけアドバイスをもらうだけで、全然深まり方が違う。

 

中山:最低でも文系理系は飛び越えて欲しいですよね。文系の先生が担当してくださっていたらその先生と一緒に頑張ったアイデアを、理系の先生にも見てもらうとか。

 

長澤:高校までの教育環境で、1つの課題を複数の先生がみんなでああだこうだ言う機会はあまりないですからね。ですから本学(武蔵野美術大学)の授業では学生を専任教員8人に通わせてプレゼンを行い、3つ OK を取らないといけないということをやっています。8つの個性がどう対応するかを学生に見せることになるし、僕らも試されるわけですよ。

 

中山:それ、高校でもできますよね。指導教員が「ほかの先生にも見てもらったら?」と声をかけるだけでもいいし。今社会で叫ばれている探究型教育に1番ついていけないのは、そういうことに慣れていない高校の教員なのではないかと思います。デザセンでは高校生から変化球がドンドンきます。自分が教えていない子たちが束になってやってきて「先生、いじめをなくすためにこんなアイデアを考えました」と、物理の先生に押しかけるようなシーンがたくさんあると先生もパーソナリティが出せますよね。「物理畑だからよくわからないけど」という前提がついてもいいから。

 

長澤:そうそう。

 

中山:「僕ならこういう構造を作るなあ」とか話をするとそこで教育者と生徒の関係ができますよね。

長澤:教科や専門以外のネタを持ち込んでくる高校生と対峙することは、少し軽い言い方をすると「自分の人気をゲット」することにつながるんです。自分の担当教科について親しみを持ってもらうために、生徒たちにどう説明してあげたらいいかを知る機会にもなる。つまり、〇〇教科の先生という関係性だけではなく、一教育者としての視点や何気ない一言に、デザセンに取り組む生徒は反応するし、そういったエピソードが日常的に起こると人間関係が変わるでしょう。そういう積み重ねが生徒たちが “毛嫌い” する教科を違う価値に変えていく可能性もあります。

 

デザセンは、問いかける。「当たり前ってどういうこと?」

 

__今の高校生は、インターネットで情報をさらっと集めることから始める傾向があります。身の回りのものごとをよく観察して、自分の視点で探す大事さを高校生にもっと伝えたいのですが、長澤先生いかがでしょうか。

長澤:僕の両親は教員でした。生物学を教えていた父親だったので、早い時期から環境教育を行っていたんです。例えば僕が植物図鑑を眺めていると、「図鑑に載っていることを覚えてから山に行くのか? 図鑑はわからないものを調べるためにあるのだから、山に行って珍しいもの拾ってこい。これが学びというものだ!」と言われました。ですから、知識よりもまずは先に「体験」することがが大事なのです。

 

__デザセンは高校生が「ものごとの本質をみつめる」ことに挑むような設計になっています。何をどう考えることが「本質をみつめる」ことになるのでしょう。
 

長澤:25年前の高校生は、ポケベルやPHSが登場して色々変化していく時代に生きていました。今の高校生は、携帯もインターネットもすでに身の回りにあって、使えて当たり前、持ってて当たり前、知ってて当たり前。だからこそデザセンは「当たり前ってどういうこと?」と、問いかけます。まずは「本質」かどうかなんてわからなくていいんです。高校生は特別なものではなく、人生の通過点のひと区間に高校生という名前がついたに過ぎません。君たちが今通り過ぎている3年間は、私たちと同じ社会の中にあって、これまでいろいろ勉強して得てきた知識があると思います。そこで今見えているものに対して「それってほんと?」と問いかけるんです。「自分たちは高校生だから」とか「世の中をわかってないから」という意識はもう捨てたほうが良いとおもいます。

 

__ありがとうございました。

 

長澤:自分の人生を振り返ると、「教育は最後のデザイン」だと思います。今、教育装置としてのデザセンはムーブメントだと思いますよ。25年も続けてもらって本当に感謝です。苦労して生み出したデザセンは、成人を迎えて、さらに一人歩き始めてるんですね。

 

中山:25年経ってこんな風に話を聞きにきたこと、嬉しいですか?

 

長澤:嬉しい!よく続いてた!って感じですよ。

中山:(笑)様々な人を介して奇跡のバトンタッチが行われてきたデザセンですが、大学経営という観点からいえばこれまでどこかで潰れてしまう可能性もありました。その時に言うのは「デザセンは、創設者の先生が言うように”新しいデザインのフォーマット”を社会に教えていることになるんです」ということなんだと思います。今、芸工大には企画構想学科、コミュニティデザイン学科と、色や形じゃないものをデザインする学科があり非常に勢いがあります。だから今は、長澤先生が時代より早く動いて山形に生み出したデザセンが、「ほら、時代に合っているでしょ?」と言えるんですね。

 


長澤忠徳(武蔵野美術大学学長)略歴

1953年富山県生まれ。1978年 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。1981年 Royal College of Art, London修士課程修了。1986年 有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任。1987年 Design Analysis International Ltd.(London)設立に参加、日本代表。1993年 東北芸術工科大学デザイン工学部助教授。1999年 武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授就任。2015年 武蔵野美術大学学長就任。2016年 Senior Fellow of the Royal College of Art.
専門分野:デザインコンサルティング、カルチュラル・エンジニアリング、デザイン論、デザイン教育。これまでに民間企業、地方自治体、政府のデザイン顧問や行政広報、オリンピック関連の各種委員、グッドデザイン選定審査員等、デザイン振興活動や国際デザイン情報ネットワーク構築等に尽力している。

中山ダイスケ(東北芸術工科大学学長)略歴
1968年香川県生まれ。現代美術家、アートディレクター、(株)daicon代表取締役。「コミュニケーション」をテーマに、絵画や写真、ビデオ等を発表、共同アトリエ「スタジオ食堂」のプロデュースに携わり、アートシーン創造の一時代をつくった。1997年ロックフェラー財団の招待により渡米、2002年まで5年間、NYをベースに活動。1998年第一回岡本太郎記念現代芸術大賞準大賞、台北(台湾)、リヨン(フランス)のビエンナーレに選出されるなど、現代美術の新世代の旗手として国際的に注目される。展覧会、受賞多数。またファッションショーの演出や舞台美術、店舗などのアートディレクション、商品開発、地域デザイン、コンセプト提案など、デザイン分野の活動も幅広い。山形県産果汁ジュース「山形代表」シリーズのデザインや広告をはじめ、行政機関やスポーツ団体等との連携プロジェクト、「嵐のワクワク学校」「築地本願寺」「リンベル 日本の極み」のクリエイティブディレクターとしても活躍。ジャンルにとらわれない幅広い活動で知られる。


取材日:2018年6月11日
聞き手(進行):樋口雅子
ライター:上林晃子
撮影:志鎌康平

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